Couch Potato

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【ニッポンの元気印】今振り返る高橋みゆきの存在感

先日、ふと北京オリンピックの時の女子バレーの試合を見直してみました。

まだ木村沙織が覚醒する前、セッター竹下にリベロ佐野、サイドは栗原高橋木村にミドルは荒木杉山という2007年からほぼ完全に固定された安定感のあるメンバー時代です。

この時、高橋みゆきは既にピークを過ぎていて、攻撃はほぼ通用していなかったのですが、この2008年のチームのエースは栗原でも木村でもなく、高橋だったと私は思っています。

 

「ニッポンの元気印」時代

高橋はその明るくおちゃめなキャラクターから「ニッポンの元気印」というキャッチコピーを付けられるほどで、確かに2003年ワールドカップ〜2005年ワールドグランプリ頃は試合中も明るくはしゃいでいました。

ちょうどこの頃が選手としても全盛期。

特に2005年ワールドグランプリでは、170cmの超小柄選手としては異例のベストスコアラーを獲得します。

この時はメグカナ木村が全員怪我で離脱、アラキングもまだ「世界をブチ抜けない鉄腕エリカ」だった時代なので、高橋が孤軍奮闘していたのを覚えています。

高橋の凄さは、

1.レシーブの安定感

2.肩の強さ

3.ブロックアウト技術

の3点に尽きます。

1について、今の新鍋に勝るとも劣らないサーブレシーブ能力、相手のスパイクコースを読んだディグの位置どりで日本のピンチを何回も救ってきました。

2については、実際に試合を見れば分かると思いますが、スパイクの速度が欧米人並みなんですよね。

ドゴォッ!みたいな。

栗原や木村(当時)のスパイクは、相手のブロックに引っかかるとパコッと真上に上がって相手のチャンスボールになりがちでしたが、高橋のスパイクは相手のブロックを弾いてコート外まで吹っ飛んでいってました。

この肩の強さに付随して、3のブロックアウト技術があるもんだから、背の高い相手ブロッカーからしたら嫌な選手だったと思います。

意図的にブロックアウト取られるのが1番イラッときますもんね〜笑

この「高橋のブロックアウト」対策として、ブラジルや韓国などは咄嗟にブロックの手を引っ込める(=ブロックアウト狙いのスパイクがホームランになる)なんていう今ではなかなか見られない作戦を多用してきてました。

たしか、高橋の全日本デビュー戦でいきなりロシアと対戦して、ガモワ達の高さの前に「あ、こりゃ普通に打っても勝ち目ないわ」と学んで以降、ブロックアウトの技術を高めたとインタビューで話していたような気がします。

イタリアセリエAから最後の勇姿まで

2005年ワールドグランプリでの活躍を買われ、2005-06シーズンにはイタリアセリエAに挑戦、2シーズンをイタリアで過ごした高橋。

ただ2007年頃からは年齢的なものか、ジャンプ力が明確に落ち始め、2008年のオリンピック世界最終予選前には柳本監督からスタメンを外されるように。

結局本戦ではスタメンで活躍していましたが、肝心の北京オリンピック本番では完全に機動力を相手に塞がれ、高橋にとっても全日本最終戦となったブラジル戦では、最後の最後に狩野美雪にスイッチされてコートの外から終戦を見ることに。

それでも高橋みゆきは偉大だ

2000年にシドニー五輪を逃した経験もした高橋。2003年にメグカナブームで女子バレー人気が復活して以降も、チームのエースはずっと高橋でした。

2010年以降を木村エース期とすると、2003年〜2008年は高橋エース期と呼んでいいんじゃないかと思います(2007-08は高橋栗原Wエース期でもいいかな?)。

小さい身体でドン底状態だった全日本を世界トップ5まで引き上げてくれたニッポンの小さな大エースに思いを馳せ、今夜は2006世界バレーでも見ようかな。